秀808の平凡日誌

第弐拾壱話 因縁


「うぐっ…!」

 『エンジェルス・グレイヴ』の最深部に入り込んだラムサスたちは、動力部のある部屋と思われる場所に入り、内部の状態に絶句した。

 内部の床に、おそらくはこの動力部の護衛でいたのであろう天使達が転がっている。その周辺には血溜りがはっきりとあった。

「これは…?」

「内乱…か…?」

 これほどの状況を考えるならば、ファントムのいった通り、内乱というのが一番正しい考えだろう。だが、倒れている天使達の武器は抜かれた形跡が無く、動力部も正常に稼動していた。内乱というのならば、少なくともこの動力部を破壊、もしくは停止させているだろう。

「…しかし、一体誰がこんなことを?」

 キャロルが不安気な表情で呟く。とそのとき、壁際に倒れていた兵士がラムサス達に気付いたのか、呟いた。

「…ぅ…誰…だ…?」

「大丈夫か?ここで何があったんだ?」

 ラムサスとファントムが『アースヒール』をその天使に掛け合いながら聞いた。

 しゃべれるくらいにまで回復した天使が、自分の体に『ヒーリング』をかけながら答えた。

「…眼帯をした男と、まだ若い青年の2人が、突然…」

 やはり内乱か、と舌打ちするラムサス。しかし、天使ではないものも、この騒動に参加していたとは?

 考えを巡らせるラムサスに、天使が頼み込むような声で言う。

「頼む…ヤツラを…止めてくれ…」

 ヤツら とはおそらくその2人組のことだろう。しかし、本来敵である自分たちにこんなことを頼むとは?

「…このまま放置すれば、10年前以上の犠牲者を出すことになりかねない…」

「…その奴等、というのは、今どこに?」

「天上界の…大宮殿に…向かったはず………」

 それきり、天使は口を閉じた。『アースヒール』と『ヒーリング』では、致死量の傷を回復するにいたらなかったのだ。

「大宮殿…ヴァン達の所じゃない?」

「…!」

 ヴァン達は、今天界の市民の避難の支援をするために天界に残っている。

 もし本当に、この天使達を倒した者達が向かっているのならば、このような大惨事になりかねない。

「くそっ!」

 ラムサスは、外の状況を移すモニターに目をやり、そこに移っている天界をにらみつけた。



「…何だ?」

 市民の避難の支援に回っていたランディエフが、大宮殿の上に落ちていく物体に目を向けた。

 その物体は、流星のごとく真っ直ぐにおちていく。

「…破片か?まさか…」

 と、その物体からいきなり、2本の翼のような物が飛び出し、羽ばたきながら大宮殿に向かっていく。

 その光景が、ビガプールで見た襲撃事件のものと重なる。

「…まさか、スウォームか!?」

 ランディエフは、愛剣の『アンドゥリル』を抜き取り、大宮殿へ走っていた。



「クロード殿、足元にお気をつけて。」

 クロードの体を支えたゼグラムが、ゆっくりと天界の大地に降り立つ。

「紅龍様、本当にここに『グリモア』があるのでしょうか?」

「なければ、このようなところにきた意味はありませんからね…おや?もしかして、あれかもしれませんよ?クロード殿。」

 そういった紅龍の視線の先には、祭壇に納められているネックレスのような物が安置されていた。

 これがクロード達の探していた『グリモア』…人間達の間では、『シャドウエンブレム』と言う名前で呼ばれている。

 クロードが駆け寄り、『グリモア』を手にすると、不意に笑い出す。

「ふふふ…後一つで、祖龍様の完全復活がなされる…」

 ―そうすれば、あの子に楽をさせてやれる―

 クロードがしばしの高揚に浸っていると、その場所にランディエフが駆けつける。

 ランディエフはクロードと紅龍を見、叫ぶ。

「なんだ?お前達は?」

 ゼグラムが意外といった様子で呟く。

「…ほぅ、我々に気付いた人間がいるとは…」

 ランディエフが、紅龍を見、言い放つ。

「…スウォームじゃ…ない…?」

 クロードも意外といった表情をして言った。

「へぇ、意外だな。黒龍を知ってるなんて…」

 クロードは何かに気付いたような笑みを浮かべ,叫ぶ。

「…お前だな?ネビス達を返り討ちにしたっていうのは!?」

 今にもクロードが戦闘態勢に入ろうとしたとき、ゼグラムが静止の手をかける。

「お待ちください、クロード殿。この者と少々、話をしてみたい。」

「…何?」

 ランディエフも意外といった表情で、聞き返した。

「…どういうつもりだ?俺は貴様等と話し合うつもりは…」

「…クックック…」

 ゼグラムが苦笑しながら、言葉を続ける。

「…実にいい目だ。何者にも恐れない、戦士の目。」

「紅龍様、何を…?」

 だかゼグラムはその問いには答えない。次々とランディエフに言葉を投げかけていく。

「…相手に心を読ませない、冷徹と言う名の仮面。はたして人間に、これほどの者がいるかどうか…」

 ランディエフが剣を構えながら、ゼグラムに聞き返す。

「一体なんだ?俺は貴様の話を聞くつもりは…」

「…だが、その心の奥に、いったいどれだけの悲しみと憎しみを隠しているという?」

「何を…?」

「…貴方の今の名前は、本当の貴方の名前ではない。もう一度、自分の心に聞いてみるといい。」

 そういうと、紅龍が蒼い水晶のような石を投げると、地上につなぐ『ワープポータル』が出現した。

「…帰りましょう、クロード殿。この者との相手はまたの今度に。」

「ええっ!?」

 クロードはいかにも不満といった反応をしたが、すでに紅龍はワープポータルの中に入り込んでしまっている。クロードはしぶしぶ、そのポータルに飛び込んだ。

 ―…俺の、本当の名前だと?バカな…―

 ランディエフは、ただ一人残ったその場所で、考えていた。





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